大阪「飛田新地(遊郭)」の歴史・読み方・摘発事件まとめ



どうも、世界中のナイトスポットを巡る

自由パパの、大島享(おおしまとおる)です。

 

僕は、旅と、性文化と、

美味しいものが大好き。笑

 

 

日本最大の遊郭である、飛田遊郭(新地)の

歴史が、面白かったので、ブログで紹介します。

 

今回はあくまで下ネタなしです。

飛田新地での遊び方は、別記事で書いているので

飛田の遊び方を知りたい方は、別記事を見てください。

 

読み方は、とびたゆうかく、とびたしんちです。

読み方が、独特で、読めない人が多いです。

 

 

 

飛田遊郭(新地)は、大阪市西成区にあり

あいりん地区と呼ばれる、日本最大のスラムと呼ばれる

土地の近くに、存在しています。

 

そこに登録有形文化財があります。

しかも、それが、遊郭絡みの建物なのです。

 

そんな歴史ある、遊郭街の

飛田遊廓もしくは、飛田新地の、

歴史と未来についてです。

 

ちなみに、昔は飛田遊廓と呼ばれており、

現在では飛田新地という呼び方をされています。

飛田新地で美女と○○した記事はこちら

 

 

 

飛田新地(遊郭)とは?どんなものなの?


飛田遊郭(新地)は、

大阪市西成区山王3丁目一帯にある

大正時代に、築かれた、

日本最大級の遊廓で、歴史ある地域です。

 

 

ご存知の通り、

日本では、売春を禁じています。

 

 

しかし、ソープランドなど

「特殊な環境の中、男女関係になった」

という建前で、実際は女性を買えます。

 

 

あくまで、自然恋愛のためです。

飛田新地でも、ソープと似た、

建前を、残しているのです。

 

 

飛田新地は、建前上

「料亭」として営業しています。

この料亭では、料亭内で、

客と仲居との、自由恋愛が起こり

その結果、男女の関係になるという

不思議な、現象が起こります。

 

 

ソープランドと、

同じような脱法行為です。

違法ではなく、あくまで脱法で、

法の抜け道なので

表向き、料亭として年中無休で、

昼過ぎから営業をしています。

 

 

 

飛田遊郭(新地)歴史|大正・昭和初期〜百番「登録有形文化財指定」


発端は、難波新地乙部遊廓という、

大手遊郭が、1912月1月16日に

全焼する、ミナミの大火という

事件が、発生したことから始まります。

 

 

昔の家屋というのは、

完全に木材で作られており、

火事になると、街一つ

燃えることも珍しくなかった時代。

 

 

完全になくなった遊郭では、沢山の仕事が

集まっており、多くの業者が失業しました。

 

 

その失業者が、集まって

阪南土地建物会社を設立。

 

 

難波新地乙部遊廓の代わりとなる

替地を求め、1916年に

大規模建設されたのが、

現在の飛田新地です。

その規模は、22600坪でした。

 

 

新宿歌舞伎町に

ミサイルが降ってきて、

ヤクザが団結して

別の土地に歌舞伎町を建てた。

そんなイメージ。笑

 

 

1918年には、既に100軒もの遊郭があり

昭和初期(1930年代)には、

200軒を超えていました。

 

 

戦争では、歴史的建造物や遊郭などの

文化的価値のある、建物を狙って

攻撃したと言われています。

 

 

その戦争の中で

ほぼ全ての遊郭は

空爆に遭って、破壊されました。

そうした中で、飛田新地は

戦災を免れた唯一の遊郭だそうです。

 

 

明治時代に、国際化していく中で

イギリス人の中国人の

人身売買を非難したところ、

「日本にも人身売買はある。遊郭というものだ」

と強く反論されてしまい、

外面を保つために、遊郭は

取り締まりの対象となりました。

 

 

その流れでも、飛田新地は、

遊郭の名残を残せていました。

凄まじい、生命力・強運ですね。

 

 

しかし、戦後はGHQの方針で、

売春が徹底的に禁止されましたが、

しかし、そうした性の文化は根強く

赤線となり、生き残ったそうです。

エロ文化の、生命力はスゴイ。笑

 

 

そして、1958年の売春防止法施行以後は

料亭街「飛田料理組合」となっています。

常に、法の抜け道を、探して戦っている土地ですね。

 

 

その中でも「鯛よし百番」は、

大正中期に遊廓として

建てられた建物で、料亭を開いており、

2000年に、国の登録有形文化財となりました。

エロ文化で、文化財になるとは、あっぱれですwww

 

 

 

遊郭の摘発や事件。飛田遊郭(新地)は、存続できるのか?

 


大阪には、飛田遊郭(新地)と似た業態で、

松島遊郭(新地)があります。

松島遊廓(新地)では、以前に摘発事件が発生。

 

 

2017年1月に、売春防止法違反容疑で、

松島新地の料理店で、

経営者の女と引き子役にあたる

「やり手婆」の、女の計2人が逮捕されています。

 

 

幾ら黙認されているとは言え、

摘発されている事例はあるようです。

 

 

ただし、この事件前に、

女性を、松島新地に、斡旋したスカウトの逮捕や、

反社会的勢力の関係の疑いがあったようで、

警察も動かざる、えないという状況だったのかもしれません。

 

 

最大規模の飛田遊郭(新地)から、

摘発事件が起きないというのは、

徹底して、キレイに営業をしているからかもしれません。

 

 

性文化といえ、古き良きものだから、

現代まで続いていると思うので

危ない橋は、渡らずに後世に、

飛田遊郭(新地)の景色を残してほしいものです。

 

 

 

飛田遊郭(新地)の、現在と未来「外国人観光スポット化?」


アジア人にとって

高級イメージのある、ジャパン。

 

 

日本人を抱くのは

ステータスとなっているようで、

飛田遊郭(新地)は

アジア人の、観光地とされています。

 

 

日本人は「安値」の

アジア人を抱きたがるのとは、逆の思考です。

特に今、多いのは中国人です。

 

 

ただ、中国人はマナーが悪く、

女の子が拒否することも多いということで

風俗界では、話題になっています。

(飛田以外は、外人禁止風俗も多い)

 

 

飛田新地でも、同じなようもので

女の子の意思を、無視するような

プレイを、強要する外人もいるようです。

 

 

ただ、飛田遊郭(新地)のお客さんは

外国人が、年々増えいってる、現状が有り

気軽に「外国人お断り」とは言えないようです。

 

 

古き良き、景色を続けるには、

外国資本も、上手く取り入れて

お付き合いしていく、必要はありそうですね。

 

 

どちらにしても、この景色が

今後の若者のためにも、

残っていって欲しいと

大島個人的には、思いますww

 

 

 

飛田遊郭(歴史)まとめ

 

日本では遊郭が

生き残って、遊楽街となっている

土地は沢山ありますが、

飛田新地はその中でも、

最も古い、文化を持つ歴史的な土地です。

 

遊郭の、雰囲気を持つ土地は

どんどん無くなってしまっていますが、

現状、大阪「飛田新地」にはあります。

 

 

料亭という形で、古くからの遊郭が

存続して、日本の性文化が残っています。

 

 

ぜひ大阪にいったら、

飛田遊郭(新地)を覗いてみてくださいね。

【完全攻略】飛田新地での遊び方はこちら

 

 

 

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